もちろん自分も投票にいくのですが、どの候補に投票しようか迷ってます。
誰に投票しようが同じだよ、ろくな政治家はいないよ、とも感じるのですが、そこで自分が、劇的な変化ばかりを望んでいないかということが気になりました。
今回は、とりあえず選挙に行こうぜ話はそれからだ、というお話です。
現代の社会は確かに行き詰まっていて、資産や、それを動かせる権力の流動性がなくなってきています。政治家になるのは、政治家の子供だけという状況がありますし、貧富の格差の拡大などというのも叫ばれて久しいと感じています。
この状況を変えるのは、戦争や革命、大恐慌などが起こってからだと思っています。しかし、選挙で社会を変えてしまおうというのは間違いなのかなとも思います。
選挙というのは、現状の国の代表決める制度であって、社会を大きく変えるための制度ではないと考えています。社会を変革するのは、政治の仕事であって、その政治の代表者を決めるのが選挙なんでしょう。
いわゆる間接民主制というやつですね。
そして間接民主制というやつは国民の意見を反映させるのに時間がかかります。それは当然の帰結ではあるのですが、現代の高速化した社会から考えると、政治のスピードは遅いように感じられます。だからよほど扇動に長けていないと、政政治だけを愚直に行っていると、無能な政治家という烙印を押されているのが現状だと考えています。
もし戦争を起こさないで、独裁にもならないで、現代の問題を解決するのならば、10年、 20年という単位で時間がかかると考えています。それなのに、自分の中にも「一年で社会を変えてくれ」と言う思いがどこかにあります。
だから、とりあえず政治家を見たら、スキャンダルを探せとか、政策の甘さを指摘して辞めさせるとか、そういった気持ちもよくわかります。しかしそればかりをやっていて、政治が良くなるとはどうしても思えません。
少なくとも、私は今すぐ劇的な変化、というものを望んでおりません。だから、選挙で少しずつ少しずつ少しずつ少しずつ政治を変化していければいいなと考えています。もちろん、これは理想論ではあるのですが。
だから、とりあえず投票には行くといいんじゃないかだと思います。
どの候補でも同じだよ、とは思うものの、それでもその中で少しはマシだと思える候補に投票して、本当に少しずつですが、社会を変えられればいいんじゃないかなと思います。
あとは、面白がって、政治家のパッシングを眺めているのもやめればいいのかなとも思います。特にテレビで行われている、ニュースとエンターテインメントが合体したような報道で行われるような、バッシングには中身がないと思っています。そういったものに左右されず、真面目に考えてみるといいんじゃないかなと思います。じっくり考えて、じっくり行く末を見守るのが間接民主制の在り方なのかな、と思います。
そんなこんなで。またあした。