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2012年10月26日

飲酒運転なう

遠隔操作ウィルスで、自白強要が話題になっています。
警察が日常的に自白強要を迫っていて、そして証拠が少なくとも「犯人しか知り得ない情報」を自白した「犯人」に仕立てあげられてしまうことが、誰の目にも明らかになった事件でした。


これだから警察は……と嘆き、よりよい警察組織を作るために監査をしたり、批判していくのも大切なことではありますが、まずはもっと身近なところから考えてみましょう。
そもそも、罪を許さず、罰するという意識が強いからこそ、警察も逮捕に燃えているのだと思っています。


わかりやすい例で言えばワイドショーでの殺人事件報道。殺人事件で「犯人」が逮捕されると、その生い立ちや人間関係、性的な指向やその他色々と語られ、こいつはこんなに非道な人間だ、と報道が過熱することがあります。
そして、視聴者はそれを見て、正義感に燃え、そんな異常な犯人を生み出した家庭に正義の鉄槌を下すべく行動を開始します。悪の家族に対して、武器を持って立ち上がり、平和を守る戦士となるのです。


ここにあるのは強烈な「罰」の意識。和を乱した人間には罰が与えられて当然、という考えが根底にあると思います。法律論から言えば、罰は法定刑のみで十分に与えられることであり、私人の間での刑……リンチは禁止されているはずなのですが、日本ではリンチが常態と化しています。なぜリンチが禁止されているかというと、それは恣意的で、公平らしさに欠けるからです。
極端な例ですが、誰かを殺して捕まっても報道がなされない人物と、執拗に報道がされる人物とでは、社会復帰に対して、大きな難易度の差がでることでしょう。


もちろん、罰せられるべき罪というのは多くありますが、その罪は公平らしさを保ったものでなければならないはずです。同じ理由、同じ状況で罪を犯したとするなら、罰は同じでなければなりません。まったく同じ状況というのはあり得ないとしても、できるだけ公平にしないといけません。たとえば、殺人の罪で問われるとしても、私のような同人屋を殺した場合も、国民的アイドルを殺した場合も同じ「殺人罪」として問われるべきでしょう。


しかし、おそらく、国民的アイドルが殺されたら、それは一大ニュースになるでしょう。そこで社会から罰せられると、それだけ不利な取り扱いとなるのです。そこに公平らしさ、という視点はいっさいありません。


実は、こういった私刑……リンチの事例はインターネット上でも日常茶飯事です。「飲酒運転なう」に対してバイトをやめさせる、学校を辞めさせるなど、そういった動きがあります。それは飲酒運転をする奴をのさばらせておけない、という意味で、ある種の正義感が働いているからだと考えられます。
これらの正義感、罰を与えたいという感覚が、根底にあるからこそ、警察も同様に動くのでしょう。ある意味、市民の期待通りに「悪人」を捕まえて、日夜、罰してくれるわけです。


他人の良くない噂を聞き、しかもその人の行動によって自身が痛い目を見た、罰せられた、というのは暗い悦びを与えてくれるエンターテイメントです。
浮気した人間を徹底的に攻撃して泣かせた、会社の中で使えないうえに開き直っている奴を辞めさせた、犯罪自慢しているバカを警察に通報した、自分の気に入らないことを書いた有名人のブログを炎上させた、などなど、「正義の行動」についての言説はネット上でも散在しています。


警察の逮捕、自白強要は、それとなんら変わらないと思っています。一度犯人と決めつけたら、あらを探してすべての経歴や行動をチェックする、微かな矛盾も見逃さずに追求、少しでも犯罪と結びつくことを言ったら燃料キターと炎上させる、そして自白がとれたら「また勝ってしまった……敗北を知りたい」と勝ち誇るのでしょう


警察に市民感覚がないのではなく、警察は極めて市民感覚にあふれた組織だと思っています。そういった意味で、今回の問題からは自己反省の教訓を得たいと思います。

「誰かのこと、悪と決めつけていい気になってない?」と。



またあした。
posted by 牧田 翠 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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