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2011年03月04日

もっと色んなアニメを見るべきだったね

カンニング報道に対して思うことをつらつら。
別にカンニングを肯定する気もないですし、大袈裟に報道してカンニング程度で連続殺人並みに報道を繰り返して法廷罰以上の断罪をしているマスコミも肯定しません。そこに向う力学の問題てす。

確かにカンニングの件は過剰報道だとは思うのですが、一方でTwitterでした問題発言をもとに内定取り消しを迫ったり、「警察でもない人間が罪を裁く」事件は少なくないと思っています。法治国家での私刑禁止原則とかそんなの関係ない!俺が正義だ!と叫ぶ正義の戦士が多すぎだと思います。

ご存知の通り、日本の犯罪率はやたらと低く、しかも警察が働いてくれるので、そうそう「悪いこと」はできない社会なのですが、それでも誰かを悪と決めつけて攻撃したい欲求があるのかな、と思います。松本サリン事件をあげるまでもなく、私刑の怖さは皆さん知っているはずなのですが、熱くなるとなかなか戻ってこられないようです。

この流れは確かに昔からあるものですが、時代的に必要とされているのではないかと仮説を立てて見ます。
大きな物語から開放されて、それぞれが小さな物語を楽しんでいたのがゼロ年代だとしたら、10年代は、小さな物語が大きな物語を目指して他者を排除していく時代なのかなと思っています。拡散されすぎて他人とコミットできなくなった人間が、再び繋がりを求めていくとでもいいましょうか。ジャスミンの広がり流れなどを見ていると、そんなことを感じます。
自分は正義だけど、賛成して同じ正義を信奉してくれる? それとも悪として倒されたい? という二択を突きつける社会とでもいいますか。要は孤独なのだと思います。

で、まぁ正義だ悪だと言う時に思い出すのがタイトルのセリフなのですけど。
野暮なので解説しません。
結論→色んなアニメを見るべき


posted by 牧田 翠 at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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