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2008年12月11日

商品としての「女性」

かんなぎの無期限休載から考えた話です。
非処女論争がなんでこれだけ騒がれるのかとか、考えてました。

たぶん、商品価値が下がってしまったからなんでしょうと結論付けました。
非常に基本的な部分に戻って考えると、ポルノの構造は「女性という商品を男性が買う」という形式から成り立っています。
その定義で考えると一番原始的なポルノは、いわゆる売春産業と考えられます(売春がポルノかどうかは微妙な線ですが)

なんにせよ、現代社会につながる文化の中では「女性」は商品として流通するものと考えられていることが多いです。
……それが文化的に普遍なのかとか、動物的本能なのかとか、そういった論争はとりあえず忘れて、今の社会では少なくとも、女性が商品であるという前提が強く働いていると感じます。


で、商品を買うときの原則として「より良い商品を、より安く買いたい」という資本主義的な原則と、そして「誰も持っていないものを手に入れたい」「普通では手に入らないものを手に入れたい」という物欲的な原則があるかと思います。

これを「女性」という商品に当てはめて見ると『良い女(顔がいい、スタイルがいい、貧乳はステータスetc...)を少ない労力(経済的労力・時間的労力)で手に入れたい』という願望がまず基本としてあります。価値判断と労力の基準は人それぞれですが、商品のブームがあるように、「良い女」にもブームがあります。
今回の騒動が起きた背景には、ブームの中心として『かんなぎ』という存在があったのです。「彼女」を手に入れるための労力はテレビアニメという無料のものから、数百円程度のマンガ単行本。これを持つだけでいいのですから、安い投資で良い結果を得られると期待しました。

でも、実はその商品は、自分の想定していたものではありませんでした。新品を想定していたのに、中古品でガッカリして、怒り、そしてこのような結果になったのだと思います。
ゲームの包装フィルムを勝手に開けられたような、ケータイの画面保護フィルムを勝手にはがされたような、他人から見たらどうってことなくても、拘らずにはいられないポイントなのだと思います。

……で、女性という商品に特有の現象なのですが、商品に傷がついたことについて、文句をつけられるのは商品に傷をつけた男ではなく、商品そのものや店員=作者に文句が行くのが不思議なところ。
100人の女と関係した男が、嫉妬と羨望の眼差しに晒されるのに対して、100人の男と関係した女が、淫売と罵られるという、ダブルスタンダードが存在しています。
つまり『女だったら俺以外の男と関係は持つな。俺は他の女と関係もつけどな!』という、非常に勝手な価値観が、特にポルノ産業の根底にある気がします。

ToLOVEるレベルの露出であっても、「痴女」と騒ぐ人がいるレベルですし、その価値観の根は深い気がします。

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個人的な感覚として、ポルノは「自分の支配下にない女性を性的な権力で支配し、自分のものにする」という形式をとっていると思っています。だから、ツンデレのツンの部分で支配下にないことを明示してくれるのが心地よいのでしょう。
でも、他の男の性的権力と争うという闘争心はわりと弱くなっているのも面白いところ。人妻ものでも「旦那」は弱いも存在でしかないですし……
だから、「処女じゃなかった」ことよりも、「自分=主人公よりも性的権力を持っているかもしれない男」の登場に怯えているだけなのかも知れません。


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なんかとっちらかった感じがありますが、思いついたことを書き連ねてみました。
もう少し、頭の中を整理しておきます。
posted by 牧田 翠 at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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